GLIK Web講座 第2回 経営理論 知識経営 (2)

「Knowledge Management and Innovation」
“イノベーション”のための知識経営
その2 フロネシス(賢慮)を構成する能力と、その育成

前回の講義では、フロネシス(賢慮)という概念について学びました。フロネシスとは、ある時代、ある顧客のためという「個別具体的な場面」において何が最善の「よい」なのかを判断しそして実現する能力です。「よい」というのは主観の問題であり、普遍の真理にはなりません。そのために、フロネシスが重要となってくるのです。
第2回は、フロネシスとは具体的にどのような能力で、フロネシスを備えた人材をどのように育成していくのかを学びます。

富士通JAIMS 理事/プログラムディレクター
遠山亮子

中央大学ビジネススクール(大学院戦略経営研究科)教授。一橋大学商学部卒業後、ミシガン大学経営大学院博士号(Ph.D.)を取得。北陸先端科学技術大学院大学准教授を経て現職。専門分野は国際経営戦略、イノベーションマネジメント。野中郁次郎(一橋大学名誉教授) と長年研究活動を共にし、共著『流れを経営する』(東洋経済新報社)などがある。

フロネシス(賢慮)を構成する六つの能力

組織のマネジメントのポイントは、組織成員それぞれが未来に対する洞察力・構想力を持ち“その都度の状況”における選択を正しく行うことと、経験による不断の「自己革新」を積み重ねていく状態を導くことにある。そこでは、ある普遍的法則に従って意思決定が行われるわけではなく、刻々と変化する関係性の中において、自分が描く未来を実現するために「正しい選択」を行う能力が重要なのである。多様な関係性が複雑に絡み合う「プロセス」の中で正しい選択の基準となるのは、すべての基本となる公共的な「善(goodness)」である。

それでは、賢慮とは具体的にはどのような能力で、そのような能力を持った人材をどのように育成できるのであろうか。我々は、賢慮とは

①善悪の判断基準をもつ能力
②他者とコンテクストを共有して場/共通感覚を醸成する能力
③個別の本質を洞察する能力
④特殊(パティキュラー)と普遍(ユニバーサル)を往環/相互変換する能力
⑤概念を善に向って実現する政治力
⑥賢慮を育成・配分する能力

以上の六つの能力で構成されると考える。

賢慮の育成は、何が「善い」ことなのかを常に問いかけ、「善い」を実現するための判断と行動を具体例で示すことで行われる。それにより、善悪の判断とそれに基づく適切な行動ができるような人材を育成するのである。

賢慮の育成の具体例と、リーダーに求められる「教養」

例えばホンダでは基本理念や運営方針などをまとめてその意味を解説した「ホンダ・フィロソフィー」という日本語と英語の冊子にして全世界の従業員に配布し、ホンダの企業哲学を共有することにより、善悪の判断基準や知識創造に向けての方法論を共有しようとしている。

また、日常の業務の中で頻繁に「自分はどう思うか」と問うことにより、ホンダと社会の持つ価値観に照らして自分自身の価値観まで深く考えることを奨励している。また、この問いに対する答えがそのまま実践としての仕事に生かされるため、この質問は彼ら自身が何をしたいのかについて深く考えさせることになる。ホンダでは、三現主義によって直接経験の重要性を強調するとともに、常に本質を深く追求することを求める。

賢慮は実践を通して理解され、相互作用の中で培われる。そうした賢慮の育成のためには、リーダーが実践において賢慮的な思考と行動の例をはっきりと見せることが重要である。しかしそれは手本をそのまま模倣することではない。型は「守・破・離」のプロセスによって修得されるが、最後には手本から離れて独自の型の創造に至ることが重要なのである。

また、賢慮の基盤となるイマジネーションを養い、ミクロとマクロの双方の視点を綜合できる能力を身に付けるためには、哲学、歴史、文学、芸術といった教養も重要である。ドラッカーは、「マネジメントとは伝統的に教養と呼ばれていたことである―知識や自己認識、知恵やリーダーシップの基本を取り扱うから教養なのであり、実践と適応について取り扱うから芸術なのである」 と述べた。物事の関係性の大きな流れを、感性と感受性を持って理解する能力は、深い教養によって培われるのである。

イノベーションをおこすために必要な実践知(講義では「賢慮(フロネシス)」としています)は、現場に身をおき、現実を直視しながら、何が社会にとって善いことか、何が顧客にとって価値なのかを徹底的に考え抜くことなしには養えません。次回は「コンセプトクリエーション」を担当する小林三郎氏が登場、ご自身のホンダでの経験をベースに、実際に社会の変化がおこっている現場に足を運び、本質を追及しながらユニークな未来価値を創りだす方法論について解説します。

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